最後の勝者が決まったとき、いっせいにそのオスのもとへ集まっていきます。
そして、その勝ち残ったたった1頭のオスが、すべてのメスを自分のものにするのです。
負けたオスを「私はあなたでいいわ」とメスが拾うことは絶対にありません。
これは生物として当たり前の現象で、いい遺伝子を残すということは、生物としての細胞そのものがもっている意志です。
よりよい子孫を残すということが、絶対的な命題なのです。
当然、1頭のオスによるハーレムができます。
あぶれたオスは、次の年にまた挑戦するわけです。
今年の勝者が来年また勝つとはかぎりません。
しかしメスは、いつも強いオスの子どもを産むことになっています。
これが進化の掟なのです。
さて、人間はどうでしょうか。
先史時代−狩猟採集時代は、明らかにシカと同じだったはずですつまり、強い男のところへ複数の女が集まった。
ハーレムをつくっていたかどうかはわかりませんが、一夫一婦制でなかったことは確かです。
なぜなら、強い父親からいい子どもがたくさん生まれたからこそ、人類は進化を続けて生き残ってこられたのですから。
東洋でも西洋でも、中世頃までは、まだ狩猟採集時代の延長が続いたと考えられます。
イスラム世界などでは今もまだ一夫多妻制が残っていますが、キリスト教のもとでは宗教改革をへて一夫一婦制という倫理ができてきました。
しかし、いずれにしても、女性が好んで強い男を父親にしたからこそ人類が進化してきた、これは間違いありません。
日本でも、縄文時代は古い時代のヨーロッパと同じで、強い男のところへ女が集まり、子どもを産んで、いい遺伝子を残してきました。
大和朝廷ができるとその形態も昔より洗練されていきましたが、基本的な構造は同じでした。
では、人間の世界での「強い男」とは、どんな男なのでしょうか。
中世では、強い男とみなされるのはみんな「武士」でした。
西洋では「騎士」です。
体力があり、腕っぷしが強いことがいい男の絶対条件だったのです。
そして、そういう男を複数の女が囲むのが当たり前でした。
その子孫がいい遺伝子を継いでできあがったのが武家社会です。
しかし、戦争に明け暮れる時代が過ぎ、社会の秩序が整ってくると「なにが強くてなにが弱いか」という価値観にも変化が生じてきます。
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